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気になるコマーシャル

テレビコマーシャルで気になっているのがある。ソニー損保の自動車保険がそれである。このコマーシャルはいろいろなパターンがあり、パターンごとに、出演しているタレントや俳優も違っている。わたしが注目したのは、役所広司が出ているもので、3種類あるようだ。テレビを真剣に見ているわけではないし、BGMがわりにつけているだけなので、記憶は曖昧なのではあるが、それでも、気になるというか、妙な違和感を感じているコマーシャルなのである。

ガソリンスタンドの店員をしている役所広司。車の窓を拭きながら、お客さんの車を品定めしながら、保険はソニー損保ですか?と訊くと、そうだと答える客に、そうでしょう、そうだと思ったんですよと持ち上げる。いい車に乗っているから、保険もいい保険だろうというわけである。店員の役所広司自身はどんな車に乗っているのだろうか。いや、車を持っているのかどうかも怪しい。しかし卑屈になるわけでもないし、今の職業に不満を感じているわけでもないようである。にもかかわらず、違和感を覚えるのは、役所広司の演技が上手すぎるからだろうと思う。役所広司本人の年齢と人柄が、ガソリンスタンドの店員という設定に合わないのである。もしこれが、役所広司でなく、出川哲郎が店員役だったら、たぶん違和感はなく、このコマーシャルを、へえ…とすんなり受け入れられると思うのだ。役所の演技が店員を百点満点の演技でこなしているわけだが、だからこそ、その内面を隠しきることができないのだ。

その表情には、こんなニュアンスが込められてしまっている。俺は、本当なら大学を出て一流企業に勤めることだってできたんだ。やれることは他にもいくつでもある。商売を始めたらけっこう繁盛するだろう。ただ資本金がないだけなのだ。才能があるのに、それを生かしてくれる環境がなかっただけである。しかし、今のこの仕事に文句はない。それなりに充実した生活を送っているし、この歳まで無事に生きて来られただけでも幸せではないか。と考えながら、遠くを見つめる。その目は充実感というよりも、人生の悲哀を感じさせるのである。

プロレタリア文学である葉山嘉樹の『海に生くる人々』を読んで、その中に出てくる船乗りたちのことを思い浮かべる。船の中の過酷な労働に打ちひしがれた人たち。彼らの表情を思い浮かべてみるのだが、かれらも役所広司のように遠くを見つめているのではないか。今の生活に不満を溜めながらも、そこから逃れられない絶望とともに生きていくしかない諦めの表情なのである。

役所広司とこの店員役はどこかずれていてしっくりこないのだが、コマーシャルを作ったプロデューサーは、そこまで見越してこういう設定をしていると思う。

どういうことかというと、このコマーシャルを見ているわれわれが、違和感を感じながらも役所広司に感情移入できるようにしてあるということなのだ。

一億総中流と言われた時代から、われわれは格差社会に突入している。一握りの富裕層に入れないわれわれは下層民であり、プロレタリアートなのである。

ソニー損保のコマーシャルは受ける。コマーシャルに隠された別のメッセージをわれわれは読んでいるはずだ。

車を誘導する警備員に扮した役所広司も、事故みたいですよ、ソニー損保、すぐ来るんですねと話しかけながら、その目は事故ではなく、さらに遠くを見つめる。

自動車整備士になった役所広司は、休憩時間にコンビニ弁当を食べながら同僚とおしゃべりしている。レッカーがタダだってよ、と噂しながら、まずそうなコンビニ弁当を美味そうに食べる。

コンビニ弁当が食べたくなった。

2021年 9月2日

(よしおかまさみ/Steps Gallery 代表)

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