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ステップスギャラリー 銀座

落下する星座

日影眩の誕生日は3月20日。うお座である。星座というものがあり、我々の誕生月ごとに、おとめ座とか、いて座とか割り振られていて、星座占いなども、雑誌が出ていたり、テレビでも盛況であり、みんな自分の星座が何であるか知っているが、そのいわれについては知らない人が多いと思われる。星座の名前は、そのほとんどがギリシャ神話から採られている。今回の個展では、日影はギリシャ神話を題材とした作品を何点か展示する予定である。

日影眩の作品の特徴は二つある。一つは「視点」である。フロッグズ・アイと呼ばれた、極端に低い位置から見上げた角度は、街中のなんでもない風景や人物が、思いがけない様相を呈して、人物のあられもない姿を描き出していた。注意しなければならないのは、蛙の目から見たほぼ地面といっていい視点は、人間の視点ではないことである。もう一つはモチーフである。東京の街頭、ニューヨークのビル街を写真を参考にしながら描き出しているシリーズでは、日影の興味は街の風景ではなく人間にある。近年の段ボールに描くようになった昔話や鳥獣戯画などの動物を扱った作品も動物の姿を借りた人間の姿であると言ってよい。

同様に、ギリシャ神話を題材にした作品でも、神々の姿は、実はわれわれ人間の「戯画」なのではないのか。

2019年あたりから、日影の作品は急激に変化した。キャンバスにアクリルや油彩で丹念に描かれた「リアル」な人物表現は、段ボールに下描きなしでのびのびと描かれた「物語」の人物や動物たちにとって代わられた。そしてそれらの登場人物や動物たちは天から降ってくるのである。空から落ちてくる人間や動物は、その物語設定や役回りを剥奪されながら、その真の姿を露わにする。ギリシャ神話のアンドロメダを描いた作品では、鎧をつけたペルセウスが全裸のアンドロメダを怪獣から救い出している途中なのだが、そんな場面も、落下という状況の前ではほとんど意味を失ってしまっている。ここで視点の問題に戻る。初期のフロッグズ・アイで獲得した独特の視点は、近作の段ボール絵画ではよくわからなくなっているのである。空を見上げる角度から描かれた構図は、蛙の目を必要としない。蛙ではなく人間が普通に空を見上げているのだ。フロッグズ・アイの蛙はどこに行ったかというと、鳥獣戯画の中で兎といっしょに落下しているのである。降ってくる物語を眺めているのは、もはや蛙ではなく、日影眩本人なのである。

きれいな星空を見ることができなくなっている東京だが、よく晴れた夜に空を見上げてみることにしよう。星座が落下してくるかもしれない。

(よしおかまさみ/美術家・Steps Gallery 代表)

03-6228-6195