Steps Gallery

ステップスギャラリー 銀座

たてやまともかの東京

吉岡まさみ

ある美術雑誌の編集長がインタビューのために、たてやまともかに電話をして

「どういう作品を作っているの?」

と訊くと

「刺繡です」

と答える。

「ししゅう?ポエム書いてるんだ」

「違います。そのししゅうではありません」

笑い話にもならないが、たてやまの刺繡はひょっとしたらポエムでもあるかもしれない、という考えがわたしの頭をよぎった。

たてやまともかは、青森県黒石市に生まれて高校を卒業するまで過ごしたあと、東北芸術工科大学に進んだ。芸工大と呼ばれているこの大学は山形市にある。大学ではテキスタイルを学んだが、刺繍のコースはなかったので、刺繍は独学である。卒業制作は、新幹線の車窓風景を刺繍した。卒業後は東京の会社に就職をした。正社員だったのだが、しばらくして辞めて派遣社員になった。正社員だと制作時間が取れないというのがその理由だった。

たてやま作品は、大きく三つのシリーズを展開している。卒業制作の車窓をモチーフにした「刹那」、黒石の町の風景を描いた「電線のある町」、それと東京のビル街を取材して歩いた「ビルと日差し」である。

Steps Galleryで開いた個展(2024年11月20日-30日)では、三つのシリーズを全部並べたのだが、これらの三つの風景を見ると、黒石、山形、東京と順を追っていくことになるわけだが、眺めているうちに、あるフォークソングのメロディーがわたしの胸の中を流れていくのだった。

マイペースというグループが歌う「東京」という曲は、地方に住む彼が、東京に出て行った彼女に会うために東京に出かけて行くという歌詞だ。遠距離恋愛だ。昔の話で申し訳ないが、今から50年前に流行った曲なのである。この曲がリリースされた1974年は、わたしは山形の高校生であったが、「東京へはもう何度も行きましたね 君の住む美し都」というフレーズがなぜか当時の地方の高校生にもその切なさが伝わってくるのだった。「君に笑って さよなら言って 電車は走る遠い道を」というフレーズを聴くと、車窓に流れる夜景が浮かんでくる。電車から見える彼女と彼女の住む東京がどんどん離れていく。そのときの情景は彼にどんな気持ちを起こさせたのだろうか。1974年は、わたしの住む山形にはまだ新幹線が開通していなくて、東京に出るときは特急「つばさ」に乗って上野に着いた。今では新幹線で3時間もかからないが、当時はたっぷり5時間かかった。マイペースの「東京」に出てくる彼もたぶん新幹線ではなく急行か特急に乗って「遠い道」を電車に揺られて行ったのだろう。「東京」に流れる切なさは、たてやま作品にも同じように流れていると感じるのはわたしだけではないだろう。かなり昔の曲なので知らない方も多いだろうが……

たてやまの作品をもう一度見てみよう。

卒業制作の「刹那」は山形新幹線の車窓である。正方形の画面に夥しい数の線が糸で引かれていて、一見すると抽象画のように見えるのだが、近づいて見ると、横に流れる線の向こうにビルが浮かびあがる。電車に乗っていると気づくことだが、車窓の風景は、例えば近くの木々はあっという間に視界を通過して、たてやまの画面のように、風景が横に流れるのだが、遠くに見える山や建物は動かないように感じる。距離によって、同じ時間でも見え方が違ってくるのである。これは時間遠近法とも呼ぶべき現象だろう。人によって、遠くの山や田んぼを眺めて過ごしたり、近くの木々や線路が流れていく風景をやり過ごしたりする。「東京」の彼は車窓の向こうに東京と彼女の姿を思い描いていたはずだ。たてやまは横に流れる刺繍糸の向こうに何を見ていたのだろうか。

黒石の町の風景を描いたのは、たてやまが東京に出てきてからだ。黒石の街並み、道路、橋、電柱と電線、車、そして空を、一針ひと針、丹念に刺して風景を作っていった。手縫いの素朴な味わいは、黒石の風景を故郷として表わすには最適だったのではないだろうか。それは東京から見た黒石である。この作品を、彼女は東京の ギャラリー、Roonee247fineartsで発表した。初個展である2022年に続いて2023年も個展を開いた。

小学生のころ家庭科で雑巾などを縫う課題があったが、運針というのだろうか、同じ幅でまっすぐ縫うことは難しかった。同じようなやり方で、たてやまは黒石の風景をなぞっていく。空には何もないはずだが、彼女の針は空も緩やかな曲線で埋めていった。画面には懐かしさが溢れている。

東京に出て来てからの作品は街のビル街とそこに降り注ぐ日差しを表現しているが、それは糸を直線として使っていて、東京の「鋭さ」を鮮明に浮かび上がらせている。マイペースの感傷的な「東京」とは微妙に違ったイメージに思われるのだが、たてやまは、マイペースの「東京」について「わたしの作品とかぶりますね」と言うのだった。

東京のビル街を描いた「ビルと日差し」は、直線だけで描かれた風景画である。刺繍の糸で引かれる直線は、針で縫い進めることなく一気に伸びていく。起点と終点だけを縫いつけているのだ。ジョセフ・アルバースは、私はコンパスと定規だけで自分の感情を表現することができる、と言ったが、たてやまともかは、直線だけで彼女の世界を創り上げる。

2026年7月 (よしおかまさみ/Steps Gallery 代表)

 

03-6228-6195