Steps Gallery

ステップスギャラリー 銀座

千歳山

千歳山

吉岡まさみ

山形市内の地形は扇状地であり、扇の要のところから次第に下り坂になっていて、自転車に乗るとペダルを踏まなくてもけっこうなスピードが出る。火野正平なら「人生下り坂、サイコー!」と叫ぶだろう。扇状地の一番高い位置に千歳山がある。高くはないが美しい山である。たしか300メートルほどではなかったか。濃い緑の木々に覆われている。放物線がゆるやかなカーブを描いている。小学生に、山の絵を描いてみてと言ったら、こんな形の山になるだろう。優しい山だ。わたしが通っていた山形市立第六中学校のグランドからすぐ近くに見えていて、体育の授業や野球部の練習をしながら、背後に千歳山があるのをいつも意識していた。学校のマラソン大会は千歳山のふもとを走った。近くには山形名産の玉こんにゃくを売っている店があった。

高校生になってから、アメリカの宣教師の家のバイブルクラスに通うようになり、聖書と英語を習った。宣教師はデイヴィッド・モーアさんといい、立派な髭を蓄えていた。髭にはマスターシュとビアドがあることを知った。まだ30代ではなかったか。モーアという綴りはヘンリー・ムーアのムーアと同じなのだが、なぜかモーアと自称していた。彼には美人の奥さんと、双子の娘がいた。小学生だった二人の娘は名前をナンシーとジェニーと言い、二人そっくりで、わたしは髪型で区別していた。金髪の二人はお母さんに似て、大人になったらかなりの美人になるだろうと思った。大草原の小さな家に出てきそうな、純朴さがあった。二人はいつも「ヨシオカー」と話しかけてきた。ジェニーはわりとおしとやかで、ナンシーはお転婆だった。

ある日、モーアさん宅に遊びに行ったときに、ナンシーが

「あの山に登りたい」

と言う。ナンシーは特にわたしに懐いていて、笑うと前歯の欠けているのが覗いて可愛いのだった。モーアさんの家は扇状地の要に近いところにあり、千歳山も歩いてすぐのところにあった。ナンシーは以前からあの山に登ってみたいと思っていたのかもしれない。しかし一人では怖いので、ちょうどヨシオカが来たからいっしょに登ろうと考えたのだろう。

二人で千歳山に登ることにした。近くにある山なのにわたしは登ったことがなかった。そんなに高くはないのだから、軽い気持ちで出かけたのだが、山は山であり、斜面を登ると息が切れた。ナンシーに「大丈夫か?」と声をかけると「平気」と言う。会話は全部英語だが、小学生の英語なので困ることはなかった。石ころや木の葉を拾いながら、30分ほどで登り切り、頂上に出た。山形市内を見下ろして深呼吸をした。ナンシーは満足げだった。

また30分ほどで下山した。ナンシーは全く疲れた様子はなかった。

わたしが千歳山に登ったのは、この時が初めてで、そして最後だった。

(2026年1月)

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